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エキサイトブログ開設の2004年2月より、3年6ヶ月間にわたり「Soul Musicを聴こう」を
ご愛顧いただきありがとうございました。 このたびFC2ブログに完全移籍し、新たなる「Soul Musicを聴こう」を展開してまいりたい と思います。 「Soul Musicを聴こう」 FC2 Phase 今後ともよろしくお願いいたします。 show-zono
西新宿のこの道を、
私は1年後には歩いていないだろう。 そして1年後に、 この道を歩いていたことを振り返り、 私は何を思うのだろうか。 ![]() 気温37℃を示すビルに設置されたデジタルの温度計。 この暑い夏を忘れることはないだろう。 Stevie Wonderの「Kiss Lonely Good-bye (1996)」。 三部作といわれた彼の黄金期の作品ではない。 だけど紛れもなく、Stevieにしか創造できない世界。 映画「The Adventures of Pinocchio 『ピノッキオ』(1996)」のラスト・シーンのためにStevieによって書き下ろされたこの曲は、 得もしれぬ優しい生命力に溢れていて、 命の大切さ、生きることの素晴らしさを、 こんなにも汚れた私の魂にさえも語りかけてくれた。 ![]() If given a chance to live again・・・ I'd change not a single thing・・・ Cause that little chance could sadly mean・・・ That you to me faith wouldn't bring・・・ もう一度 生まれかわるとしても・・・ 今のままなにひとつ変えたくない・・・ ほんの少し何かが変わっただけで・・・ 君と僕は出会えない運命になりかねないから・・・ Stevieの音楽はいつも、 いつも私を癒し、そして支えてくれた。 また今度も支えてくれるだろうか。
奇跡というべきメロディは、
その圧倒的な優しさをもって、 私の魂にゆっくりと浸透し、 全ての不純物を溶解した。 ![]() Moog Systhesiezer(ムーグ・シンセサイザー)とファルセット。 このシンプルな組み合わせは、 何物にも換えがたい優しさと、 何物にも換えがたい美しさと、 何物にも換えがたい切なさを、 とても静かに織り成していた。 Isley Brothers(アイズレー・ブラザーズ)の「Let Me Down Easy (1976)」。 この曲がもつ美しさの本当の理由は、 私にはわからない。 論理的に、客観的に、説明することができない。 ただひとつ確実にいえるのは、 私の魂が、理由などなく無邪気に欲するということ。 ![]() 30℃を下らない東京の夜空に、 静かに響く31年前のメロディ。 Soul Musicはただ美しい。 ポストで取り上げた曲をお聴きいただけるよう、STICKAMを導入しました。曲は自動的にスタートいたします。「Let Me Down Easy (1976)」 Isley Brothers
遠くで打ち上げ花火の音が聞こえる。
おそらく隅田川の花火大会。 マンションのベランダから東の空が明るくなるのが見える。 ![]() 私にとっての往年の恋人であるSheila E(シーラ・E)の「Heaven (2001)」というアルバムを手にとり、 私は、I.W. Harperをグラスに注ぎ込んだ。 Sheilaの手によって、原型をとどめないほどにブラッシュアップされた「Waiting For You」というこの曲は、 女性は40代に突入しても、こうも美しくあり続けられるということを、 優しく諭すように教えてくれる。 この、たおやかさは、 20年前に「Sex Cymbal」(セックス・シンバル)と呼ばれた女性が 時を経て、また別の美しさを手に入れたということに他ならない。 裏ジャケットの白いドレスが夏に似合う。 ![]() 最近、新作をリリースしていないようだが、 Wherever you go・・・Whatever you do・・ 君が何処にいても・・何をしていようと・・、 I will be right here・・waiting for you・・ 僕は君をここで待っている・・。 ポストで取り上げた曲をお聴きいただけるよう、STICKAMを導入しました。曲は自動的にスタートいたします。「Wating for You (2001)」 Sheila E
疲れと共に倒れこみ、
心身ともにベッドに深く沈みこんで、 目覚める予定のない眠りにつく。 1970年代に「詩人」と呼ばれた男による、 枯れた美しさを感じさせる曲に針を落とそう。 なんの機微のない人間たちにとっては、 絶望的に聴こえるほど、暗い影をもつメロディなんだろうな。 だけど、今の自分にはこのくらいが丁度良い。 ![]() どんな人間も、 生を受けた瞬間から、死への長い道のりを歩み始める。 だから人間は美しく生きなければならない。 己に嘘をつくことなく、 正直に生きなければならない。 今の私には、それができているだろうか。 Gil Scott-Heron(ギル・スコット・ヘロン)の「Give Her A Call (1994)」。 彼の長年の盟友のピアニストであるBrian Jackson(ブライアン・ジャクソン)のピアノがとてつもなく美しい。 ![]() このふたりは1970年代より、長い時間を越えて現代にまで辿り着き、 今も私の魂を、静かにそして確実に震わせる。 人間は、このように美しく年を重ねなければならないのだと思う。 ポストで取り上げた曲をお聴きいただけるよう、STICKAMを導入しました。曲は自動的にスタートいたします。「Give Her A Call (1993)」 Gil Scott-Heron
そろそろ潮時だろうか。
私が、忌み嫌っていたこの街も、 帰り道を少し変えるだけで、 得も知れぬ美しい一面を見せた。 ![]() その美しさに気づき、 そして、愛おしさを感じ始めたとき。 それが私にとっての潮時なのだ。 これまでもずっと、そうだった。 多分、これからもずっと。 普段、めったに触れることのないJody Watley(ジョディー・ワトリー)の 「Stay (1995)」。 ![]() Stay・・baby・・please・・stay・・ Please・・don’t・・go・・ こんな声が、小さくなり聞こえなくなるのを また聞いてしまうのだろうか。 ポストで取り上げた曲をお聴きいただけるよう、STICKAMを導入しました。曲は自動的にスタートいたします。「Stay (1995)」 Jody Watley
今日は七夕である。
天の川に隔てられた恋人、織り姫と彦星が年に一度会えるという伝説がある。 ただし、7月7日の夜が晴れていることが条件である。 人々はこの晩の晴天を願い、その思いを短冊に託すようだが、 私は、星にまつわる美しい曲をご紹介して、なんとかこの2人を引き合わせようと思う。 「Wishing On A Star」という曲は、Rose Royce(ローズ・ロイス)という1970年代のソウル・グループが1978年にリリースした曲であるが、その後も数多くのアーティストにカバーされたSoul Musicの名曲である。 最近はBeyonce(ビヨンセ)に取り上げられたことで、この美しい曲が時代の彼方に置き忘れられずにすんだ。 ![]() Soul Musicの世界では、未だに1970年代の作品がリスペクトされそれを見事に再生させる現代のアーティストも多い。 「Soul Musicは死んだ」と無責任に語る輩もいるが、 それは、過去にしか生きることのできない人間の戯言である。 I'm wishing on a star・・・ To follow where you are・・・ 私は星に願う・・・ あなたのいる場所にいけるようにと・・・ ![]() 今晩の東京は曇っているから危ういか・・、 だけど雲の向こうは確実に晴れているんだから、 今頃は、いちゃついている頃か・・。 体調をくずしている私の部下が早く治りますように。 ポストで取り上げた曲をお聴きいただけるよう、STICKAMを導入しました。曲は自動的にスタートいたします。「Wishing On A Star (2005)」 Beyonce 追記: 昨年の7月7日に再始動した「Soul Musicを聴こう」が、再開してからようやく1年が経ちました。この屈折した自慰的Soul Music論にお付き合いいただいた方々に心より御礼申し上げます。これからも変わらずのご愛顧よろしくお願いいたします。 show-zono
Sensual(センシュアル)という感覚は、いつも私を官能の世界にいざない、
それを多く含むSoul Musicという音楽は、大量の毒と禁断の感覚に溢れている。 清楚を装う人間が立ち入ることの許されない、 偽善の輩には理解しがたい、 それが美しいSoul Musicなのだと思う。 ![]() I can feel your hands・・Moving up my thighs・・ Skirt around my waist・・Wall against my face・・ I can feel your lips・・ その手がわたしの脚を伝うのを感じる・・ スカートは腰のあたりでまとわりつき・・わたしは顔を壁につけたまま・・ あなたの唇を感じてる・・ 「Any Time, Any Place (1995)」Janet Jackson より この感覚を卑猥でいやらしいと感じる方は、申し訳ありませんが、他のもっと健全なブログへ直ちに移動してください。 こういうsensualなリリックが、美しいメロディと出会うことで官能的なSoul Musicが完成する。 正直この感覚に慣れてしまうと、むしろ稚拙な日本のラブソングを聴かされるほうが恥ずかしくなる。 ![]() Tie me up ,tie me down・・Make me moan real loud・・ Take off my clothes・・No one has know・・ 縛りあげて・・縛り付けて・・大きな声でうめかせて・・ 服を脱がせて・・誰もこのことを知る由もない・・ 「Rope Burn (1997)」 Janet Jackson より 美しいSoul Musicは、誰しもの心に潜む猥雑なものに語りかけ、 それを覚醒させ、 本能のもつ恍惚感とそれをむさぼる魂が自身のなかに存在することを知らされる。 そして最後には、その音楽たちに精神を蹂躙される悦びを知るのである。 いい忘れましたが、今回の「Soul Musicを聴こう」はオトナではないかたの閲覧を禁止します。 ポストで取り上げた曲をお聴きいただけるよう、STICKAMを導入しました。曲は自動的にスタートいたします。「Any Time, Any Place (1995)」 & 「Rope Burn (1997)」 Janet Jackson
またこのオッサン2人が現れた。
やばい、すごい笑ってるし。 Burt Bacharach (バート・バカラック)とRonald Isley (ロナルド・アイズレー)。 (このブログを訪れる方々には、説明不要と思いますので、能書きは割愛させていただきます。) あなたたちのタッグは、はっきりいって反則なんだよね。 しかもこの2人は、人が痛んだときをみはからって現れる。本当にタチが悪いね。 ![]() 「え?とにかくここに座れ?」 「は・・はい・・。」 「酒ですか・・?」 「じゃあ、バーボンは胃が荒れてるんで、芋焼酎で・・」 「あ・・でもRonaldがムっとしてるんで・・Harperをいただきます。」 「え?準備・・? はい。 とりあえず出来ました・・。」 はじまる。 1曲目から「Alfie」ですか。この2人は俺をどうしたいんだろう・・。 Until you find the love you've missed ・・you're nothing・・ 今まで知らずに来た愛に気付かなければ・・意味がないんだよ・・。 When you walk let your heart lead the way・・ 心に導かれて歩いていけばいい・・。 やばい・・溶けそうだ・・。 そして、Bacharachのあまりにもロマンティックな曲の数々を、 「メロウネス」を最大の武器とするRonald Isleyが、 これでもかというほどにたたみ掛ける。 ![]() そして、「A House Is Not A Home」・・。 眼に染みる曲というのも本当にめずらしい。 札幌出身の部下にもらったアイヌネギのしょうゆ漬けが本当に美味い。 そんなことでも考えていないと・・、このオッサン2人のなすがままになる。 しかしこのアルバムの全てが終了したときには、 やはり、なすがままになってしまった。 オッサン2人は、また来るよといって帰っていった。 なんてタチの悪い2人なんだろうか。 「お詫び」 しばらく予告を守れない状況が続いておりますので、あえてしばらくはいたしません。 予告なしの「Soul Musicを聴こう」を引き続きお楽しみください。
ブルー・アイド(Blue Eyed:白人の意)のSoul Musicは、
私の精神を根こそぎ侵食しないから、 夜の東京を疾走するときに携える。 時速100kmを簡単に振り切る世界観は、 自らの生命の危険度を知らせるためか、 神経が異常なほどに過敏になる。 ![]() お台場からレインボー・ブリッジを射程圏内にとらえ、 スピーカーからはRay Hayden(レイ・ヘイデン)の「I Don’t Want It (1994)」のイントロが滑り出す。 スロープの上り坂を、スロットルを全開にして駆け上がる。 この「I Don’t Want It (1994)」のランニングタイム8分35秒が終わる頃には、 私は、必ずシャッターの降りはじめる銀座にいる。 Soul Musicに馴染まない人間にとっては、 意味不明なループ。 理解不能なグルーブ。 受け入れることの出来ない屈折感。 ![]() 金曜日の些細な幸福感が、 私自身を底から救い出し、 恐らく、私はこれまでより強い人間となり、 あなたのことをこれまで以上に強く守り続けられると思う。 それ以外は何もいらない・・。 そしてあなたもそれ以外を考える必要はない・・。 この屈折した汚れた感性に寄り添っていて欲しい・・。
どうしたものか。
「不惑」といわれる年代に突入したというのに。 精神は、惑星のように惑いつづけそのまま砕け散りそうなありさま。 旧知の女性音楽ブロガーの方が、この盤を私に紹介してくれた。 「Sweet Classic Soul (2006)」 Maysa ![]() Maysa Leak (メイザ・リーク)による70年代のSoul Musicを中心としたカバーアルバム。 Maysa LeakはStevie WonderのバックボーカルスタッフやIncognito(インコグニート)のボーカルスタッフというキャリアを持つシンガーである。 ただ私自身のフェイバリットからは外れているという一方的な思い込みにより、彼女のリーダーアルバムにはこれまで向き合ったことはなかった。 このアルバムに収録されていた「Betcha By Golly Wow」の音色に惹かれ購入したが、実は思わぬ伏兵がいた。 「Love Won't Let Me Wait」 フィリー・ソウルシンガーであるMajor Harris(メイジャー・ハリス)による1974年の名曲であるが、 なんとも・・、 不覚にも染み込んでしまった。 Please tell me, 'Yes'・・・ and don't say, 'No'・・・ ![]() 東京も陽が長くなったものだ。空がまだ少し青い。 少し急ぎますか。 待たせてもらえないのなら。 次回は、Ray Haydenの「I Don't Want It (1994)」についてご紹介いたします。
痛んだ心に寄り添うのは、
1976年に生まれたメロディ。 こういうときは色々なことがはっきりと見えてくる。 周囲の人間の本質。 そして音楽の本質。 変形した愛情は、本当の愛ではなく、 それを愛だと勝手に勘違いしていただけのこと。 ![]() かさついた肌を保湿してくれるクリームのように保護をしてくれるわけではない。 Leon Wareの「Turn Out The Light (1976)」は、ただ心に寄り添ってくれただけ。 美しい音楽は何もいわずに ただ、ただ心に添い寝をしてくれただけ。 David T. Walkerという職人のつま弾きから滑り出すそのメロディは、 私の迷いを忘れさせ深い眠りにいざなった。 ![]() Coleridge T. Perkinsonがアレンジを手がけ、「I Want You (1976)」の収録候補曲だったこの曲は、 Marvin Gayeの手に渡ることなく、生みの親によってここまで育てられ、 31歳の恐ろしく良いオンナになった、 というところだろうか。 それでは、灯りを消して、 おやすみなさい。 次回は、「『What's Going On』という狂想曲」についてご紹介いたします。
新丸の内ビルディングが夕暮れに色を変えはじめたとき、
私たちは神の舞い降りし場所にたどり着いた。 コットンクラブ東京。 2007年5月12日。 「Tonight ・・・David T. Walker・・・」 赤いじゅうたんの向こうに、もうすぐ舞い降りる。 いつもと明らかに違う客層は、 神との対面を許された人達なのだろうか。 ![]() 夜7時、 ライトが落ち、舞い降りるべきステージを凝視していた私のわずか1メートル先を、 ギターを脇に抱えたDavid T. Walkerが歩いて通り過ぎた。 「The Real T. (1971)」からそのセッションは始まった。 あまりにも流麗なオブリガード。 収斂されてはちりばめられる和音。 David T. Walkerの紡ぎ出す音の数々は、 魂という不確かな概念が確実に存在することを、 私に嫌というほど知らしめた。 そしてDavid T. Walkerはかまうことなく ギターという神器を使い、詠い、笑い、泣いた。 ![]() あまりにも美しい散乱した和音たちは、 私の鼓膜を通じてその魂を確実に捉え 人間は本当に感動をすると、 涙すら出ないのだということを私に教えてくれた。 あの左手から・・、 Marvin Gayeの「I Want You (1976)」を・・ Leon Wareの「Musical Massage (1976)」を・・ あまりにも美しすぎる70年代Soul Musicの傑作たちを解き放ったことを思うと、 自分がこうして近い距離で静観しているこの事実が、 たまらなく不思議なことに思えた。 ![]() 神々とのセッションは、 あまりにも短い時間軸。 David T. Walkerはその演奏の全てを終え、ステージを降り退くときに 通路脇にあった私のボックスシートへ歩み寄り、 あろうことか、私と妻の手を握り低い声で 「How was the show・・Did you like it?」 (どうでした・・?楽しんでいただけましたか?) と語りかけた。 私がこれまで散々愛してきた作品たちを彩った職人の手は、 思いのほか分厚く、柔らかく、しっとりと汗ばんでいた。 丸の内はすっかり暮れてしまい、あまり知られていないその夜の美しさをあらわにし始めた。 私たちは、神の舞い降りし場所をあとにし再び東京の雑踏の中心に還っていった。 ため息しか出なかった。 次回は、Leon Wareの「Turn Out The Light (1976)」についてご紹介いたします。
「イージー・リスニング」って一体何なんだろう?
大手外資系CD小売業のウェブサイトによると、Shirley Bassey (シャーリー・バッシー)は、「イージー・リスニング」なのだそうだ。 Shirley Basseyは、英国の国民的な黒人女性シンガーである。 007シリーズの「Gold Finger (1964)」や「Diamonds Are Forever (1971)」や「Moonraker (1979)」のテーマ曲は彼女のヴォーカルによるものである。 ![]() 彼女をヴォーカルに耳を這わせて気付く方も多いと思うが、 アメリカの王道を行くSoul Musicと確実に違うところは、 完全なる「Queen’s English(英国英語)」で歌いあげられているところである。 英国でのShirley Basseyの人気は国民的なもので、エリザベス女王も彼女の大ファンであるという。さながら英国の「美空ひばり」というところだろうか。 私は映画「007シリーズ」のファンであるが、 「007シリーズ」の内容が痩せ始めたのは、明らかに彼女をテーマ曲に起用しなくなってからである。 ![]() Duran Duranやa-haを起用するようになった「007シリーズ」は、 映画全体を支配するこれまでの「ムード」を完全に失い、 観る価値がなくなった。 それだけ、彼女のヴォーカルは存在感に満ち溢れたものだったのである。 「イージー・リスニング」という言葉は、 「簡単に聴ける」とか「楽に聴ける」というような意味だが 音楽を知らない音楽業界人が苦し紛れに吐いた、 音楽家にとってはこの上ない失礼な言葉であると思う。 「I Capricorn (1972)」 次回は、「David T. Walkerが丸の内に舞い降りた夜」についてご紹介いたします。
もう6~7年前のことか。
Peach John(ピーチ・ジョン)という女性下着通販の会社のテレビCFでこの曲が使われていた。 私はもしかしたら、DeBarge(デバージ)というアーティストの音楽をSoul Musicとしてではなく、私の内面からくる個人的な感傷だけで愛しているのではないかと思うことがある。 あの、くすぐったいような甘酸っぱさを無性に味わいたくなるときがあるからだ。 このPeach John社にとっての初めてのテレビCFの作りはとても秀逸で、 それは明らかに、DeBargeの「I Like It」という曲の持つ「甘酸っぱさ」を理解しうる人間の仕業に違いなかった。 ![]() 株式会社ピーチ・ジョンの代表取締役社長である野口美佳女史は、自身のブログのなかで、この曲を自社のテレビCFで起用するに至った経緯を告白していた。 彼女は、私とほぼ同世代の人間であるが、我々の世代の人間のみが理解しうるこの際限のない「甘酸っぱさ」を持つこの曲を、代表取締役の権力を行使して自社のCFに起用したのである。 「I Like It」という曲にまとわりつく切なさと、 窮屈さ、鬱積した憧憬が、 不思議と女性下着のイメージと合っていた。 ![]() こういう経営者は成功すると思う。 私と同じくDeBargeが好きだからという単純な理由ではない。 DeBargeという「音楽」を愛撫する感性を持っているからである。 美しい音楽を愛せない人間に、 音楽の持つ「甘酸っぱさ」を感じ取れない人間に、 美しいものの創造も、他の人間を惹きつける魅力も、 備わっているとは到底思えないのである。 ただし、浜崎さんの「I Like It」は私個人的にはノー・サンキューですが。 「I Like It」 PEACH JOHN 2007 CM 次回は、「I Capricorn (1972)」 Shirley Basseyについてご紹介いたします。
先週の土曜日、4月21日にBlue Note TokyoへRoberta Flack(ロバータ・フラック)に会いに行った。
日本にはRobertaを慕うファンはいまだに多い。 この日のBlue Note Tokyoの客層も、Robertaをリアルタイムで体験したであろう壮年層の方々が中心だった。 ![]() 私とテーブルを相席された壮年層のご夫婦がRobertaを懐かしそうに鑑賞されていた。 私は、このご夫婦のことを少し羨ましく思った。 Robertaをリアルタイムで体験したことやご夫婦が仲睦まじいことが羨ましかったのではない。 この今日の日のRobertaを心から楽しめていることが羨ましかった。 Robertaのライブは、セットリストの多少の変更があったものの、緩やかに、そしてスムーズに進行し、 そして終了した。 ![]() 私は、同窓会で昔一番可愛かった娘の現在と会ってしまったような、ちょっとした後悔のようなものを感じた。 私のテーブルから、10歩ほどあるけばRobertaが、 確にあのRoberta Flackの声には違いないのだけれど、 あの「Gone Away (1971)」に触れたときに感じてしまう、魂の奥底を荒らされるような感傷を、 一時たりとも感じうることが出来なかったからである。 ![]() 今回のRoberta FlackのBlue Note Tokyoでのライブは本当に素晴らしいものであったのだと思う。 私以外のほとんどの方々にとっては。 帰りの骨董通りから青山通りに抜ける舗道を、 テーブルを同舟した壮年のご夫婦が楽しそうに帰っていくのを見た。 ![]() 時代の流れは、優しくもあるが、時として残酷にさえ感じることがある。 だがRoberta Flackがまた東京に来たら、私は会いに行ってしまうだろう。 自分のなかだけにいるRoberta Flackの残像を探しに。 次回は、「I Like It (1982)」 DeBargeについてご紹介いたします。
仕事で東京の湾岸地区の有明を訪れた。
めったに訪れることのない地区。バブル経済が膨れ上がっていた頃はベイエリアと呼ばれ、もてはやされた場所。 タクシーの車窓から、総合格闘技専用アリーナ「ディファ有明」の建物が目に飛び込んできた。 20年前は、「MZA(エムザ)有明」というライブハウスだった建物。 私は、Alexander O’Neal(アレキサンダー・オニール)というSoulシンガーのことを思い出していた。 20年前に、このエムザ有明で行われたAlexander O’Nealのライブを訪れたことを。 ![]() 私が20年以上にわたって注目したプロデューサーJimmy Jam & Terry Lewisとの長い蜜月の始まりが、このAlexander O’Nealというシンガーのアルバムからだった。 あれから20年が経過し、残念ながら近年のAlexander O’Nealの活躍を耳にすることはほとんどなくなった。 このAlexのライブのあと、私は大学を卒業し社会人となり、昭和天皇が崩御し、バブル経済が終焉した。 タクシーは、90年代に開発されたお台場を通り抜け、21世紀に入って驚異的な再開発がなされた汐留に到着し、 私は、この20年間をわずか15分足らずで通り過ぎたような気持ちになった。 ![]() 私たちは、あのバブル経済という理不尽な「Party」を終え現代に至っている。 There’s no need to leave・・・ When the party’s over・・・ パーティが終わっても・・・ まだ帰らないでいて欲しい・・・ There’s no need to go・・・ When the party’s over・・・ パーティが終わっても・・・ そばにいて欲しい・・・ 次回は、「Roberta Flack in Blue Note Tokyo」についてご紹介いたします。
時の流れは誰にも平等に訪れるというけれど、
10歳だった私が38歳になるという時間。 1977年から2005年までの時の流れとは、端的にそういうものである。 Stevie Wonderの最新作の「A Time 2 Love (2005)」に、この曲が収録されていた。 ![]() 「How Will I Know」 Stevie Wonder (featuring Aisha Morris)。 フィーチュアされている女性。 このブログを訪れてくれる方々には説明不要だと思うが、 Aisha Morris(アイーシャ・モリス)はStevieの娘であり、あの「Isn’t She Lovely (1977)」のイントロの赤ん坊の声の持ち主である。 Soul Musicの世界では、時代が流れたことで残念に思ってしまうことがことさら多いが、 ![]() この「How Will I Know」はめずらしく、 私に、時代が流れたことを感謝させた。 I know・・All things in time・・ そして・・ Isn’t she soulful・・? 次回は、「When the Party's Over (1986)」 Alexander O'Nealについてご紹介いたします。
以前だったら、私はこの曲には振り向かなかっただろう。
Al Jarreau(アル・ジャロウ)の「All I Got (2002)」に収録されていた「Until You Love Me」。 Al Jarreauは私にとっては重要なアーティストのひとりであるが、訳あってこのアルバムの帯をほどくのリリースから5年もかかってしまった。 ![]() 音楽とは本当に素晴らしい文化であると思う。 スポーツの世界では、30代後半で海外に渡った桑田選手の怪我のニュースに胸を痛め、彼の去就を案じずにいられないが、 Al Jarreauは、この曲を62歳でレコーディングし、 現在も厳然と、私のような人間の魂を静かに震わせるからである。 人間は変わり続けるものだと思う。 もし、私がこの「All I Got (2002)」のリリース直後に、このアルバムの帯をほどいていたら、 私は恐らく「Until You Love Me」という曲の美しさに気付くことはなかったと思う。 ![]() 聴く側の人間も年齢を重ねる。 特定の曲を好きになるということは、もしかしたら、 気が遠くなるような偶然の産物なのかもしれない。 東京の桜も終わろうとしている。 次にこの花を見るまでに私は、 どんな音楽と出会えているだろうか。 次回は、Stevie Wonderの「How Will I Know (2005)」についてご紹介いたします。
今日の朝、土曜日なのになぜか私は丸の内界隈を足早に歩いていた。
あと15分後に会社の部下の結婚式がはじまる。 昨日は夜遅くまで飲みすぎた。 頭がボーっとし、顔もこころなしかむくんでいる。 ![]() 皇居周辺の桜がきれいだ。 これは余裕ではない。すこし自分がおかしいのだ。 このまま結婚式場には入れない。 気付け薬を耳にねじ込む。 Adriana・・、 ![]() こういうときは、良い女に思いっきり背中を押してもらいたい。 Adriana Evans(エイドリアナ・エヴァンス)の新作「El Camino (2007)」に収録されていた「All for Love」。 今の私を元気付けられるのは、「ウコンの力」などではない。 こういう現代を生きる良質なグルーヴ。 この「All for Love」もAdriana EvansとプロデューサーであるDred Scott(ドレッド・スコット)夫妻による才能のマリアージュの賜物であると思う。 ![]() こういう才能が現代もSoul Musicの鼓動を動かし続けている。 この4分25秒が終わる頃、なんとか結婚式場に到着した。 私を心配して、数人の部下が式場の入口に待機していた。 「お待たせ・・」 「では・・まいりますか・・・」 次回は、Al Jarreau(アル・ジャロウ)についてご紹介いたします。
1975年1月11日。
ニューヨークの7番街、57通りに鎮座する音楽の殿堂、 Carnegie Hall(カーネギー・ホール)のステージにこの黒人ギタリストは立っていた。 Artur Rubinstein(アルトゥール・ルービンシュタイン)というクラシックの世界では20世紀を代表するピアニストが、ある日ニューヨークの街で、 「カーネギー・ホールへはどうやって行けばいいんですか?」と道を尋ねられたそうだが、ルービンシュタインは、「死ぬほど練習しなさい」と答えたという逸話がある。 カーネギー・ホールとはそういう場所である。 ![]() 私は、これほどまでに「妖気」に満ちた子守唄を聴いたことがない。 この時、カーネギーでGeorge Benson(ジョージ・ベンソン)によって演じられたジャズのスタンダードである「Summer Time」は、本来は子守唄なのである。 ただこのBensonによる「Summer Time」は、「妖気」を帯びた屈折した美しさを強烈に放っていた。 音楽家は満たされないほど美しい音色を放つようだが、この頃のBensonはギタリストとしてのテクニック以外の「何か」を確実に持っていた。 そして「何か」に飢えていたのだと思う。 現代のBensonに、この時を同じように演奏してくれとお願いしたとしても、それは無理なことなのだと思う。 時代が流れるというのは、残念ながらそういうことなのである。 ![]() この時のBensonは、この「Summer Time」で 耳の肥えたカーネギー・ホールの観客を、そのギター・テクニックとスキャットをもって力で強引にねじ伏せた後に、 Yes with daddy and mummy standing by・・ 「パパとママがそばにいるから・・・恐くないよ・・」 ここでBensonにそういわれるほど、なんだか鳥肌が立つほど恐くなり、 そして、 don't you cry・・ 「よしよし・・泣くんじゃない・・」 これで泣き止んで眠るのは・・ 悪魔の子くらいだろうか。 George Bensonがカーネギーで演奏した「Summer Time」は、 子守唄としての実際のご使用は、不適当ですので お控えくださるようお願いいたします。 次回は、Adriana Evansについてご紹介いたします。
この曲には「魔物」が潜んでいる。
美しいだけではない。 誰しもの魂の奥底にある清純ではないもの。 そこに確実に侵食し、そして語りかける。 Leon Wareによるトラックにも触れたことはあるが、 Marvin Gayeという美しく歪んだ悪魔の仕業は、 私の魂を犯し、 繰り返し蹂躙した。 ![]() Sensual(センシュアル)というSoul Music独特の感覚を あざ笑うかのような狂気の沙汰 Sugar Shackという名のダンスフロアは 不純な恍惚をむさぼる人間であふれている。 翻弄されているうちに舞い降りた リズム・ギターのようなトランペットは 気が狂っていると・・ 私に思わせた。 ![]() これ以上、不健全な16 Beatは この世に存在しない。 あってはならないし、 出会いたくもない。 Marvin Gayeの「Come Live With Me Angel (1976)」という曲には 常習性がありますので 服用には くれぐれもお気をつけください。 次回は「Summer Time」 George Benson In Concert-carnegie Hall についてご紹介いたします。
冬が終わろうとしている。
「不都合な真実」は、日本の冬をこんなにも他愛のないものにした。 2月に朝まで飲んでしまったというのに、少し歩こうかという余裕をもたせるほどに。 渋谷は、ひと気のない朝にだけ私の好きな街になる。 ![]() Leon Ware氏の作品でありながら、なぜか持ち歩ける楽曲。 1980年代初期の「アダルト・コンテポラリー」という「不都合な真実」は、あのLeon Wareをも他愛のないものにしてしまったのか。 I Came to Love You・・・ My loves will make up your mind・・・ 君を好きになった・・・ この気持ちは君の心を輝かせるだろう・・・ ![]() 70年代のSoul Musicの熱い息吹を、 冷まそうとするかのような80年代の洗練度を増した別のSoul Music・・ いつもハイライトを吸う私が、タバコを切らして1mgタバコを吸ってしまったときのような気持ちになる。 他愛のない冬の朝には 他愛のないこの曲がよく似合う。 次回は、Marvin Gayeの「Come Live With Me Angel (1976)」についてご紹介いたします。
私にとっての宝石は、人々が振り向きもしなかった場所にあった。
世界中で5600万枚を売り上げたMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)の「Thriller (1982)」というアルバムの最後に、この曲は収録されていた。 論理的に考えれば5600万人がこの曲に触れていたことになるが、 この曲の美しさを堪能した人間は、そのなかの1万人に1人程度の割合ではなかっただろうか。 それだけこのアルバムを買った人間の大半が、不幸なことに音楽を知らない人間たちであったということである。 ![]() 「The Lady In My Life」が録音された1981年から1982年という時代は、シークエンスされたいわゆる「打ち込み」というオーケストレーションの録音方法に移行する時期であったが、 この「The Lady In My Life」は、ウェスト・コーストでは知らない人がいないという プレイヤーたちによって精魂こめて丹念に演奏されている。 そういう意味でもこの「The Lady In My Life」は、1980年代のSoul Musicのなかでも最も美しい音色をもつ曲のひとつだったと、私は思っている。 以前、Soul Music通を気取る人間とMichael Jacksonについて話をしたことがあるが、 「Michael Jacksonは、Soul Musicではないから聴かないし、「Thriller」に収録されている作品にもあまり興味がない」といっていた。 そのうえ「Michael Jacksonのような、富のある人間にSoul Musicは演奏できない。」ともいっていた このような人間はどこの世界にもいるが、 宝石の存在に気付かなかったという点では、 私にとっては、彼は5600万人の大半の人間たちと何ら変わりないのである。 そして、富のある人間=幸福と考えているあたりは、 残念ながら、こういう輩は富も掴めないし、幸福になることも出来ないんだろうね。 ![]() 「The Lady In My Life」という曲は、その美しさのあまり気付かれることはないが、 実は非常に難解なメロディーによって構成された曲である。 それをMichaelが完璧にかつスムーズに歌いこなすことにより、 ある意味、一見地味な楽曲という印象となってしまい、 結果的に、「Thriller」の収録作品のなかでは、唯一シングルとならない曲となってしまった。 Michael Jacksonは、 実は、本当に素晴らしいSoul Musicのアーティストであったということを、 ほとんどの人間たちに気付かれることのなかった 不幸な人なのである。 次回は、「I Came To Love You (1981)」 Booker T. Jonesについてご紹介いたします。
Minnie Riperton(ミニー・リパートン)の「Inside My Love (1975)」はその曲の美しさから、これまで数多くのアーティストにカバーされた。
しかし、当然のことながら全ての「Inside My Love」のカバーは、オリジナルを超えることはない。 Minnie Ripertonが他のアーティストを完全に凌駕しているからなのか。 「Inside My Love」のレコーディングに臨んだMinnieはすでにガンに冒されていたということもあり、 命をすり減らしながら歌うMinnieに普通のアーティストが太刀打ちできるはずが無いのである。 ![]() それと、「Inside My Love」のカバーがオリジナルを超えられないもうひとつの理由。 それは、オリジナルのオーケストレーションにあると思う。 「Inside My Love」が収録されている「Adventures In Paradise(1975)」のプロデュースを、当時Crusaders(クルセイダーズ)などを手がけていたStewart Levin(ステュワート・レヴィン)が担当したことから、このアルバムの録音にはCrusadersのメンバーであったJoe Sample(ジョー・サンプル)とLarry Carlton(ラリー・カールトン)が招聘されていた。 Crusadersは、1970年代フュージョン・シーンを代表するグループであったが、彼らのレコーディング方法は、現代から考えれば特異なものであった。 「Inside My Love」の基本的なアレンジはLarry Carltonによって行われたが、元来「即興性」を重視する彼らの譜面は、基礎的なコード譜とユニゾン部分の確認以外は、大半が「Free(自由に)」とか「play as you like(好きにして)」が書かれてあるものであったという。 とあるブラック・フュージョンのアーティストが、 「偶然に生まれた音が一番クールなんだ」 といったそうだが、 ![]() 「Inside My Love」のオーケストレーションは、 偶然に音が生まれることを、充分想定してレコーディングが行われていたということになる。 まあ、意味の無い「偶然」などこの世にはないのだけれど。 私が「Inside My Love」に触れるたびに心がねじれてしまうのは、 最後のリフレインにむかう寸前のJoe Sampleによるフェンダー・ローズ・ピアノのソロのパート・・ 自らの命の限界を悟ったMinnieの魂から放たれる声の伸びと・・ Joe Sampleの指から放たれる「偶然」・・ この8小節に触れて何も感じない人は・・、 Soul Musicに立ち向かう感性に欠如していると、 敢えていわせてもらいたい。 ![]() 1を2にする作業は、もしかしたら他愛のないことなのかもしれないが 命を削り、偶然が巻き起こす「何か」に託しながら0を1にした人間たちに、そう易々とかなうわけがないのである。 Minnie Ripertonはこのレコーディングののち、乳房の摘出手術を行い、 わずか3年後に31歳の若さで還らぬ人となった。 Soul Musicの美しさの原因は、 数々のありえない「偶然」にあるのだと思う。 次回は、Michael Jacksonの「The Lady In My Life (1982)」についてご紹介いたします。
人の心の「痛み」は、必ず朝に襲ってくる。
これは、私自身も経験したことがある。 夜に寝ている間は、人はその「痛み」を忘れられる。 だが、目が覚めた朝に再び「痛み」を覚え、ただひたすらそれが夢であることを願うのである。 「Good Morning Heartache」はbillie Holiday(ビリー・ホリデイ)が1944年に録音をしたジャズの世界ではあまりにも有名な作品である。 ![]() Billie Holidayは、売春で投獄されたり、麻薬の使用歴をもつ屈折した一生を過ごしたシンガーである。 (これで引くというかたは、どうぞよそのもっと楽しいブログへ移動してください。) 激しい人生を過ごしたBillieのいう「Heartache(心の痛み)」は恐らく我々の想像を絶するものであったであろう。 だから、聴くものの心に沈殿してしまう。 語数だけ多くても心にすら届かない、年端もいかない現代のネエちゃんたちの歌とは、確実に次元を画しているのである。 それでいて、ありえないほどロマンティックでいられる。 ここが一番すごいね。 ![]() 第二次世界大戦が終結したのが1945年だから、日本の国民が戦争に総動員され困窮を余儀なくされていた時代に、アメリカではこのようなロマンティックな曲が流行していたことになる。 今更ながら、あの戦争は勝てるわけの無い戦争だったことが良くわかるね。 ところで、痛みがまた朝に襲ってきた。 この「Heartache(痛み)」に対して・・ 「まあ、ここに座りなさいよ・・」 といえるBillie Holidayを今更ながらに愛さずにはいられないのである。 次回は、「カバーがオリジナルを超えられない理由 『Inside My Love』とCrusaders」についてご紹介いたします。
またしても、渋谷区のとあるSoul Barにて・・
マスター : 「いらっしゃいませ・・」 show-zono : 「また来たよ・・」(カウンターに腰掛ける) マスター : 「Harperのロックで・・?」 show-zono : 「あい・・」(タバコに火をつける) ![]() 「Remind Me (1982)」 Patrice Rushen show-zono : 「お・・?・・Patrice Rushen(パトリース・ラッシェン)やないか・・」 マスター : 「ぎょいにございます。」 show-zono : 「ええね・・なんかトレンディーというか・・」 マスター : 「ナウいですよね・・」 show-zono : 「そう・・ミッドナイトをクルージングするときにピッタシやね・・」 マスター : 「僕たちヤングのハートを鷲づかみですね・・」 show-zono : 「・・・・・・・・・・・・」 マスター : 「・・・・・・・・・・・・」 show-zono : 「・・ごめん・・俺この前とうとう40歳になっちまったから・・もうヤングじゃない んだ・・」 マスター : 「・・・・・・・・・・・・」 ![]() show-zono : 「ここの間奏のピアノプレイを聴かされると、元ジャズプレイヤーって感じする ね・・」 マスター : 「本当ですね・・。でもPatrice Rushenが実際こうして歌ってたのは、この 当時(1978~1982)のElektra(エレクトラ・レコード)時代だけみたいっ すね・・現在はまたジャズプレイヤーに戻ってますよ。」 show-zono : 「Ray Parker Jr.とかSheila Eとかと同じパターンか・・」 マスター : 「ですね・・」 マスター : 「show-zonoさんがよくいう『消耗』されつくして、自分の本領で再出発って やつですよ・・」 show-zono : 「まあ、このひと(Patrice)も『Forget Me Nots (1982)*』のイメージ強 かったからね・・」 (*Patrice Rushenの1982年のヒット曲 ディスコ・サウンドの定番) ![]() 「When I Found You (1978)」 show-zono : 「これ・・最高やね・・・・」 マスター : 「なんかこれ聴いてると、膝かかえたくなっちゃうんですよ・・」 show-zono : 「うん・・意味解かる・・・・」 マスター : 「こういう70年代のSoul Musicを好きな人には2種類いると思いませ ん・・?」 show-zono : 「ほう・・?」 マスター : 「聴きながら70年代という時代を懐かしむ人・・」 マスター : 「もうひとつは、70年代の時代にしか出せなかったサウンドに反応してしまう 人・・」 ![]() show-zono : 「・・そのフレーズ・・もろた・・」 マスター : 「・・なんて・・ヒドい人なんだ・・」 show-zono : 「もう何回も飲み代払ってるからええやないか・・」 マスター : 「・・そんなヒドい方には・・もうこの時刻をもって電車がなくなりましたことをお 知らせいたします・・(笑)」 show-zono : 「またかいな・・またやってもおた・・(笑)」 show-zono : 「じゃあ、そろそろ・・」 マスター : 「今晩はめちゃめちゃ冷えますから・・お気をつけて・・ありがとうございまし た・・」 show-zono : 「タクシー!」 タクシー運転手 : 「はい・・どちらまで・・」 show-zono : 「桜台までお願いします・・」 ![]() タクシー運転手 : 「山手通りは首都高建設工事中のため、環七から行きます・・」 show-zono : 「あい・・・目白通りに入ったあたりで起こして くださいな・・」 (眠りにつきながら・・) ♪・・I’ve found a love・・when I found you・・♪ ほぼ実話のフィクションです。 次回は、「『Good Morning Heartache』というLove Song」についてご紹介いたします。
「アーティストの作品には、その人柄や人格が反映されるから、
こんな素敵な曲を作る人はきっと素晴らしい人ね・・。」 という寝言を聞いたことがある。 そのアーティストが自分のマンションの隣人でもない限り、良い人かどうかなど正直どうでもよいのである。 あらぬ妄想を展開させるのは自由だが、アーティストの「価値」はその作品の中にしか存在しないと思う。 だから、素晴らしい作品を残すアーティストは、極論をいえば犯罪者でも構わないのである。私にとっては。 音楽家である限りはね。 「坂本龍一さんの音楽は素晴らしいと思っていたけど、奥さんがいたのに浮気をしてたから、いやになって聴くのを止めました。」 と、あるイタい「音楽ブログ」に書かれていた。 まず、こんなやつが「音楽ブログ」とかいうな。 とっととやめろ。 それと・・、 二度と公然と音楽を語るな。「芸能ネタブログ」にしろと思う。 私が心酔するMarvin Gayeは、 ![]() 全米で放送禁止となった「What’s Going On (1971)」をリリースし、 離婚をし、 ドラッグ中毒となり、 それを見かねた父親からショットガンで射殺された。 この「音楽ブログ」の主は、 「Marvin Gayeは、ほぼ犯罪者でならず者なので、いやになって聴くのを止めました。」 とでもいうのだろうか。 音楽は、耳と心だけで触れるものであって欲しいと思う。 次回は、Patrice Rushenの「When I Found You (1978)」についてご紹介いたします。
「last fm」というミュージックサイトによると、
Bill Withers (ビル・ウィザース)のすべての楽曲のなかで、この曲の人気チャートは、23位なのだそうだ。 ちなみに 1位は「Ain’t No Sunshine (1972)」 2位は「Use Me (1973)」 5位は「Just The Two Of Us (1980)」 という結果らしい。 まあ順当といえば順当。別に反論するつもりはない。 ![]() でも、なんだかほくそ笑むしかないね。 この23位の「Let Me Be The One You Need (1977)」が、私にとってはBillの楽曲のなかでは1位かもしれないからである。 ミュージック・チャートと呼ばれるものはすでに定型化したものであるが、 ここに来ていただける皆様は、これらがナンセンス極まりないものであることはおわかりいただけているとは思いますが・・。 良い音楽と出会うということは、砂金を探すような作業と似ていると思うことがある。 自分の感性を煽る音楽・・ 自分の心に寄り添ってくれる音楽・・ 自分を傷つける音楽・・ 自分に気付きを与える音楽・・ そして、「良い」理由を説明できない音楽・・ ![]() それが、私にとっての良い音楽である。 チャートでは表せない。 自分の心が感じることだからである。 「Let Me Be The One You Need (1977)」は、私にとっての「砂金」のような曲であり・・、 だからべつに他人に理解されなくてもいい。 陽が傾いたら、そのストリングスの調べに耳をゆだねたくなる。 そう思わせる生粋のSoul Musicである。 last fm 次回は、「音楽家のパーソナリティと作品」についてご紹介いたします。 # by show-zono | 2007-01-20 12:40
私は、Sheena Easton(シーナ・イーストン)という歌手が好きという訳ではない。
ましてや、Babyface(ベビーフェイス)という作曲家が好きと言う訳でもない。 ただ、この2人による「Follow My Rainbow (1988)」という曲が大好きである。 音楽とは不思議なもので、思い出と強く結びつくと心の中で勝手に熟成がはじまる。 たとえ、それが有名な佳曲ではなかろうとも、 その時に聴いてしまったというだけで、 その人にとってはかけがえのない大切な曲となってしまうことがある。 ![]() 私は大学を卒業する1週間前に卒業旅行に出かけた。 卒業旅行といっても、男3人で九州を車で旅行するという今から考えれば侘しいものであった。 東京の東名高速道路の用賀インターチェンジから1000km以上も離れた九州まで交代で運転し、私の育った八幡の町や博多、長崎を訪れた。 宿は男3人で国道沿いのモーテルに泊まるという情けないものだった。 この旅の帰路についた日の夕刻、広島の宮島近辺の海沿いの国道2号線で、 旅の疲れからか、2人の友人はすっかり熟睡していて、私が運転をしていた。 友人のひとりが持ってきたSheena Easton (シーナ・イーストン)の「The Lover In Me (1988)」のカセットテープからこの曲が流れてきた。 「Follow My Rainbow」。 夕暮れの海岸線を、車を追いかけるようにカモメが飛んでいた。 この曲を聴きながら、 私はこの学生時代の終わりに、 とてつもなく長い遠足からの帰り道のような、少し寂しい気持ちになった。 ![]() Some day I'm gonna follow my rainbow・・ Some day I'm gonna reach for the sky・・ いつの日か、私はこの虹を追いかけて・・ いつの日か、この空に手が届くまで・・ これほどまでにBabyfaceらしい曲を、私はきっかけも無しに無条件に愛するようになることは無かっただろう。 「その時、聴いてしまったんですよ・・・」 (某ファンド会社社長ではありません・・) 誰しも、このような1曲があるのではないでしょうか。 次回は、「Let Me Be The One You Need (1977)」 Bill Withersについてご紹介いたします。
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