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音楽を聴いて「痛い」と思うのはなぜだろう。
もしかしたらこの曲は、彼らだけが持つ「痛み」の産物なのかもしれない。 それが耳から侵入し、伝染して心の中で「痛み」を生成させるのか。 今まで、多くの「インテリ」と呼ばれる人間たちと付き合ってきた。 馬鹿な「インテリ」どもと。 これまで私がひれ伏した「インテリ」は、ハワード大学を主席で卒業したDonny Hathaway(ダニー・ハザウェイ)という男だけである。 音楽を通して黒人種の文化(Culture)を高めようとする試み。 とりとめのない彼の焦燥感のようなものに襲われるのは私だけか。 なぜそんなに生き急がなければならなかったのか。 無責任に「Soul Musicは死んだ」という輩。 音楽媒体が半永久的に補完できる現代において、たとえ他者の心のなかでは死んだとしても、私の魂のなかでは脈々と生き続ける。 誰がなんと言おうと。 Donny Hathawayの「Little Ghetto Boy (1972)」と戯れながら 目を閉じた・・。 彼のように自らの命を絶つ勇気さえなく、私はただ人生を浪費した。 それでも私は生きる。 この曲、このライブ、Donny Hathawayの持つ「痛み」を伝えなければ・・・、 そんなことさえ出来ないのなら・・・、 「Soul Musicを聴こう」なんて・・、 単なる垂れ流しの自慰行為に過ぎないんだよ・・。 次回は、Anita Bakerの「Rapture (1986)」についてご紹介いたします。
by show-zono
| 2006-12-08 23:23
| Soul Music
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Comments(5)
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stangets at 2006-12-10 20:04
>音楽を通して黒人種の文化を高めようとする試み。とりとめのない焦燥感のようなものに襲われるのは私だけか?
Donnyが普遍的に愛されなかったのはそれゆえだと思います。進んで「焦燥感」や「痛み」を音楽から得る人は少数派でしょうから。ですが自分が希望を失ったときほど、救いを感じることができるんですよね、この手の音楽からは。彼の理想が高ければ高いほど、絶望も早く訪れたのではないでしょうか?僕にとって「死」はいまだに恐怖です。だから僕も生きながらえてるだけだと時々思います。使命をもって生きた彼が短くして「生」 を放棄したとしても、やはりかなわないなと思います。僕には使命すらないのですから。
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show-zono at 2006-12-10 22:27
stangetsさん、コメントありがとうございます。
DonnyはStevie Wonderに強いコンプレックスを抱いていたと以前の海外のある記事に書かれていました。 多くの人間に支持されるもの、一部だけの人間に支持されるものはその方向性は違えど、双方の尊さにはなんら変わりはないと考えています。 「Getto」とはファンキーという意味・・というとある音楽ライターの記事を見て愕然としました。「Getto」とはアメリカでは黒人居住地域のことですね。Donnyを、フリー・ソウルとかいう訳のわからないジャンルに閉じ込めようとする人間たちから救い出し、 彼だけが持っていた「痛み」のようなものが伝えられればと思います。
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la_spellbound at 2006-12-12 15:37
TBをありがとうございます。気付いて驚きました。(すみません)
Donny Hathawayの音楽に触れる時は、いつも緊張感が伴ないます。 自らを追い詰めていく何かがその音には染み込んでいるようです。 もちろんそれはライブであってもなくても同じことで。 痛みや焦燥感をも含めた、人間の生々しい「生」を感じます。狂おしい「生」を。 命を絶つのは勇気ではなく、人生は浪費するものではありません。 比べようもないのが命であり、人生です。 お解りの上で、文章表現の一環としてこうした言葉を使われるところがshow-zonoさんらしい気がしています。 何かを伝えたいという意志を持った人間の文章と、ただ感覚的なことを書いているだけの人間(僕)の文章はやはり違います。 これが「Soul Musicを聴こう」ですね。
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show-zono at 2006-12-12 23:34
la_spellboundさん、コメントありがとうございます。
思い入れの強いアーティストについて書くときはなぜか利己的な文章になってしまうようです。「神格化」しすぎるとおっしゃるかたもいらっしゃいますが、これは手癖ですね。自分ではコントロールができません。 このライブ会場はさぞかし酸素が薄かったでのしょうね。このライブ音源に触れるたびに、なぜか訳もない息苦しさに襲われるものですから、なんとなくそんな想像をしてしまうのです。 人間は誰しも「寿命」を背負っています(自殺という手段を含めても)。彼自身の音楽から伝わる「誠実さ」、極端な「真面目さ」、強い「焦り」のようなものに思いをやると彼の晩年の音楽に触れるのが辛くなりますね。 Soul Musicのもつ「痛み」と「暗さ」は私のひとつの大きなテーマとなっています。今後も単なる垂れ流しの自慰行為にお付き合いいただけると幸いです。
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custom
at 2006-12-15 19:55
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どうあがこうと私たちは消費者なのですね...
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