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西新宿のこの道を、
私は1年後には歩いていないだろう。 そして1年後に、 この道を歩いていたことを振り返り、 私は何を思うのだろうか。 ![]() 気温37℃を示すビルに設置されたデジタルの温度計。 この暑い夏を忘れることはないだろう。 Stevie Wonderの「Kiss Lonely Good-bye (1996)」。 三部作といわれた彼の黄金期の作品ではない。 だけど紛れもなく、Stevieにしか創造できない世界。 映画「The Adventures of Pinocchio 『ピノッキオ』(1996)」のラスト・シーンのためにStevieによって書き下ろされたこの曲は、 得もしれぬ優しい生命力に溢れていて、 命の大切さ、生きることの素晴らしさを、 こんなにも汚れた私の魂にさえも語りかけてくれた。 ![]() If given a chance to live again・・・ I'd change not a single thing・・・ Cause that little chance could sadly mean・・・ That you to me faith wouldn't bring・・・ もう一度 生まれかわるとしても・・・ 今のままなにひとつ変えたくない・・・ ほんの少し何かが変わっただけで・・・ 君と僕は出会えない運命になりかねないから・・・ Stevieの音楽はいつも、 いつも私を癒し、そして支えてくれた。 また今度も支えてくれるだろうか。
そろそろ潮時だろうか。
私が、忌み嫌っていたこの街も、 帰り道を少し変えるだけで、 得も知れぬ美しい一面を見せた。 ![]() その美しさに気づき、 そして、愛おしさを感じ始めたとき。 それが私にとっての潮時なのだ。 これまでもずっと、そうだった。 多分、これからもずっと。 普段、めったに触れることのないJody Watley(ジョディー・ワトリー)の 「Stay (1995)」。 ![]() Stay・・baby・・please・・stay・・ Please・・don’t・・go・・ こんな声が、小さくなり聞こえなくなるのを また聞いてしまうのだろうか。 ポストで取り上げた曲をお聴きいただけるよう、STICKAMを導入しました。曲は自動的にスタートいたします。「Stay (1995)」 Jody Watley
痛んだ心に寄り添うのは、
1976年に生まれたメロディ。 こういうときは色々なことがはっきりと見えてくる。 周囲の人間の本質。 そして音楽の本質。 変形した愛情は、本当の愛ではなく、 それを愛だと勝手に勘違いしていただけのこと。 ![]() かさついた肌を保湿してくれるクリームのように保護をしてくれるわけではない。 Leon Wareの「Turn Out The Light (1976)」は、ただ心に寄り添ってくれただけ。 美しい音楽は何もいわずに ただ、ただ心に添い寝をしてくれただけ。 David T. Walkerという職人のつま弾きから滑り出すそのメロディは、 私の迷いを忘れさせ深い眠りにいざなった。 ![]() Coleridge T. Perkinsonがアレンジを手がけ、「I Want You (1976)」の収録候補曲だったこの曲は、 Marvin Gayeの手に渡ることなく、生みの親によってここまで育てられ、 31歳の恐ろしく良いオンナになった、 というところだろうか。 それでは、灯りを消して、 おやすみなさい。 次回は、「『What's Going On』という狂想曲」についてご紹介いたします。
新丸の内ビルディングが夕暮れに色を変えはじめたとき、
私たちは神の舞い降りし場所にたどり着いた。 コットンクラブ東京。 2007年5月12日。 「Tonight ・・・David T. Walker・・・」 赤いじゅうたんの向こうに、もうすぐ舞い降りる。 いつもと明らかに違う客層は、 神との対面を許された人達なのだろうか。 ![]() 夜7時、 ライトが落ち、舞い降りるべきステージを凝視していた私のわずか1メートル先を、 ギターを脇に抱えたDavid T. Walkerが歩いて通り過ぎた。 「The Real T. (1971)」からそのセッションは始まった。 あまりにも流麗なオブリガード。 収斂されてはちりばめられる和音。 David T. Walkerの紡ぎ出す音の数々は、 魂という不確かな概念が確実に存在することを、 私に嫌というほど知らしめた。 そしてDavid T. Walkerはかまうことなく ギターという神器を使い、詠い、笑い、泣いた。 ![]() あまりにも美しい散乱した和音たちは、 私の鼓膜を通じてその魂を確実に捉え 人間は本当に感動をすると、 涙すら出ないのだということを私に教えてくれた。 あの左手から・・、 Marvin Gayeの「I Want You (1976)」を・・ Leon Wareの「Musical Massage (1976)」を・・ あまりにも美しすぎる70年代Soul Musicの傑作たちを解き放ったことを思うと、 自分がこうして近い距離で静観しているこの事実が、 たまらなく不思議なことに思えた。 ![]() 神々とのセッションは、 あまりにも短い時間軸。 David T. Walkerはその演奏の全てを終え、ステージを降り退くときに 通路脇にあった私のボックスシートへ歩み寄り、 あろうことか、私と妻の手を握り低い声で 「How was the show・・Did you like it?」 (どうでした・・?楽しんでいただけましたか?) と語りかけた。 私がこれまで散々愛してきた作品たちを彩った職人の手は、 思いのほか分厚く、柔らかく、しっとりと汗ばんでいた。 丸の内はすっかり暮れてしまい、あまり知られていないその夜の美しさをあらわにし始めた。 私たちは、神の舞い降りし場所をあとにし再び東京の雑踏の中心に還っていった。 ため息しか出なかった。 次回は、Leon Wareの「Turn Out The Light (1976)」についてご紹介いたします。
もう6~7年前のことか。
Peach John(ピーチ・ジョン)という女性下着通販の会社のテレビCFでこの曲が使われていた。 私はもしかしたら、DeBarge(デバージ)というアーティストの音楽をSoul Musicとしてではなく、私の内面からくる個人的な感傷だけで愛しているのではないかと思うことがある。 あの、くすぐったいような甘酸っぱさを無性に味わいたくなるときがあるからだ。 このPeach John社にとっての初めてのテレビCFの作りはとても秀逸で、 それは明らかに、DeBargeの「I Like It」という曲の持つ「甘酸っぱさ」を理解しうる人間の仕業に違いなかった。 ![]() 株式会社ピーチ・ジョンの代表取締役社長である野口美佳女史は、自身のブログのなかで、この曲を自社のテレビCFで起用するに至った経緯を告白していた。 彼女は、私とほぼ同世代の人間であるが、我々の世代の人間のみが理解しうるこの際限のない「甘酸っぱさ」を持つこの曲を、代表取締役の権力を行使して自社のCFに起用したのである。 「I Like It」という曲にまとわりつく切なさと、 窮屈さ、鬱積した憧憬が、 不思議と女性下着のイメージと合っていた。 ![]() こういう経営者は成功すると思う。 私と同じくDeBargeが好きだからという単純な理由ではない。 DeBargeという「音楽」を愛撫する感性を持っているからである。 美しい音楽を愛せない人間に、 音楽の持つ「甘酸っぱさ」を感じ取れない人間に、 美しいものの創造も、他の人間を惹きつける魅力も、 備わっているとは到底思えないのである。 ただし、浜崎さんの「I Like It」は私個人的にはノー・サンキューですが。 「I Like It」 PEACH JOHN 2007 CM 次回は、「I Capricorn (1972)」 Shirley Basseyについてご紹介いたします。
先週の土曜日、4月21日にBlue Note TokyoへRoberta Flack(ロバータ・フラック)に会いに行った。
日本にはRobertaを慕うファンはいまだに多い。 この日のBlue Note Tokyoの客層も、Robertaをリアルタイムで体験したであろう壮年層の方々が中心だった。 ![]() 私とテーブルを相席された壮年層のご夫婦がRobertaを懐かしそうに鑑賞されていた。 私は、このご夫婦のことを少し羨ましく思った。 Robertaをリアルタイムで体験したことやご夫婦が仲睦まじいことが羨ましかったのではない。 この今日の日のRobertaを心から楽しめていることが羨ましかった。 Robertaのライブは、セットリストの多少の変更があったものの、緩やかに、そしてスムーズに進行し、 そして終了した。 ![]() 私は、同窓会で昔一番可愛かった娘の現在と会ってしまったような、ちょっとした後悔のようなものを感じた。 私のテーブルから、10歩ほどあるけばRobertaが、 確にあのRoberta Flackの声には違いないのだけれど、 あの「Gone Away (1971)」に触れたときに感じてしまう、魂の奥底を荒らされるような感傷を、 一時たりとも感じうることが出来なかったからである。 ![]() 今回のRoberta FlackのBlue Note Tokyoでのライブは本当に素晴らしいものであったのだと思う。 私以外のほとんどの方々にとっては。 帰りの骨董通りから青山通りに抜ける舗道を、 テーブルを同舟した壮年のご夫婦が楽しそうに帰っていくのを見た。 ![]() 時代の流れは、優しくもあるが、時として残酷にさえ感じることがある。 だがRoberta Flackがまた東京に来たら、私は会いに行ってしまうだろう。 自分のなかだけにいるRoberta Flackの残像を探しに。 次回は、「I Like It (1982)」 DeBargeについてご紹介いたします。
仕事で東京の湾岸地区の有明を訪れた。
めったに訪れることのない地区。バブル経済が膨れ上がっていた頃はベイエリアと呼ばれ、もてはやされた場所。 タクシーの車窓から、総合格闘技専用アリーナ「ディファ有明」の建物が目に飛び込んできた。 20年前は、「MZA(エムザ)有明」というライブハウスだった建物。 私は、Alexander O’Neal(アレキサンダー・オニール)というSoulシンガーのことを思い出していた。 20年前に、このエムザ有明で行われたAlexander O’Nealのライブを訪れたことを。 ![]() 私が20年以上にわたって注目したプロデューサーJimmy Jam & Terry Lewisとの長い蜜月の始まりが、このAlexander O’Nealというシンガーのアルバムからだった。 あれから20年が経過し、残念ながら近年のAlexander O’Nealの活躍を耳にすることはほとんどなくなった。 このAlexのライブのあと、私は大学を卒業し社会人となり、昭和天皇が崩御し、バブル経済が終焉した。 タクシーは、90年代に開発されたお台場を通り抜け、21世紀に入って驚異的な再開発がなされた汐留に到着し、 私は、この20年間をわずか15分足らずで通り過ぎたような気持ちになった。 ![]() 私たちは、あのバブル経済という理不尽な「Party」を終え現代に至っている。 There’s no need to leave・・・ When the party’s over・・・ パーティが終わっても・・・ まだ帰らないでいて欲しい・・・ There’s no need to go・・・ When the party’s over・・・ パーティが終わっても・・・ そばにいて欲しい・・・ 次回は、「Roberta Flack in Blue Note Tokyo」についてご紹介いたします。
時の流れは誰にも平等に訪れるというけれど、
10歳だった私が38歳になるという時間。 1977年から2005年までの時の流れとは、端的にそういうものである。 Stevie Wonderの最新作の「A Time 2 Love (2005)」に、この曲が収録されていた。 ![]() 「How Will I Know」 Stevie Wonder (featuring Aisha Morris)。 フィーチュアされている女性。 このブログを訪れてくれる方々には説明不要だと思うが、 Aisha Morris(アイーシャ・モリス)はStevieの娘であり、あの「Isn’t She Lovely (1977)」のイントロの赤ん坊の声の持ち主である。 Soul Musicの世界では、時代が流れたことで残念に思ってしまうことがことさら多いが、 ![]() この「How Will I Know」はめずらしく、 私に、時代が流れたことを感謝させた。 I know・・All things in time・・ そして・・ Isn’t she soulful・・? 次回は、「When the Party's Over (1986)」 Alexander O'Nealについてご紹介いたします。
今日の朝、土曜日なのになぜか私は丸の内界隈を足早に歩いていた。
あと15分後に会社の部下の結婚式がはじまる。 昨日は夜遅くまで飲みすぎた。 頭がボーっとし、顔もこころなしかむくんでいる。 ![]() 皇居周辺の桜がきれいだ。 これは余裕ではない。すこし自分がおかしいのだ。 このまま結婚式場には入れない。 気付け薬を耳にねじ込む。 Adriana・・、 ![]() こういうときは、良い女に思いっきり背中を押してもらいたい。 Adriana Evans(エイドリアナ・エヴァンス)の新作「El Camino (2007)」に収録されていた「All for Love」。 今の私を元気付けられるのは、「ウコンの力」などではない。 こういう現代を生きる良質なグルーヴ。 この「All for Love」もAdriana EvansとプロデューサーであるDred Scott(ドレッド・スコット)夫妻による才能のマリアージュの賜物であると思う。 ![]() こういう才能が現代もSoul Musicの鼓動を動かし続けている。 この4分25秒が終わる頃、なんとか結婚式場に到着した。 私を心配して、数人の部下が式場の入口に待機していた。 「お待たせ・・」 「では・・まいりますか・・・」 次回は、Al Jarreau(アル・ジャロウ)についてご紹介いたします。
この曲には「魔物」が潜んでいる。
美しいだけではない。 誰しもの魂の奥底にある清純ではないもの。 そこに確実に侵食し、そして語りかける。 Leon Wareによるトラックにも触れたことはあるが、 Marvin Gayeという美しく歪んだ悪魔の仕業は、 私の魂を犯し、 繰り返し蹂躙した。 ![]() Sensual(センシュアル)というSoul Music独特の感覚を あざ笑うかのような狂気の沙汰 Sugar Shackという名のダンスフロアは 不純な恍惚をむさぼる人間であふれている。 翻弄されているうちに舞い降りた リズム・ギターのようなトランペットは 気が狂っていると・・ 私に思わせた。 ![]() これ以上、不健全な16 Beatは この世に存在しない。 あってはならないし、 出会いたくもない。 Marvin Gayeの「Come Live With Me Angel (1976)」という曲には 常習性がありますので 服用には くれぐれもお気をつけください。 次回は「Summer Time」 George Benson In Concert-carnegie Hall についてご紹介いたします。 < 前のページ次のページ >
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